都市伝説 第6〜10話

第6話  「ブレーキを残す」という都市伝説

前の都市伝説から2か月も開いてしまいました。久しぶりの都市伝説です。

今回のテーマは「ブレーキを残す」について。

コーナー進入で曲がりやすくするようにフロントに荷重を移すために使う、とされているポピュラーな手法のようです。それが果してホントにいいかどうかっちゅー話ですな。

この手の話の前提条件としてはちゃんと速く走れる人が言っていることであること。遅い人が「ブレーキを残すのがいい」といっても、ブレーキ踏んでばっかりだから遅いでしょ、という話になってしまいますので。ちなみにレースの世界では地方選手権のチャンピオン程度では速いとはいいません。

ブレーキを残す効能とされるものについてまとめてみましょう。
・フロント荷重になる。
・フロントタイヤのグリップが上がる。
・フロントの反応が良くなって曲がりやすくなる。

こんなところでいいでしょうか。

ところが…です。


■摩擦円
タイヤの能力には限界ってもんがありまして、ブレーキを残す=コーナリング中にブレーキを使うと、タイヤの曲がる力をブレーキに使われてしまうんですよ。これを摩擦円理論といいます。

だからブレーキを残している時点で限界のコーナリングは不可能です。

ブレーキ→コーナリングに移行していくに従って、ブレーキを弱めてタイヤの力をコーナリングに使えるようにする。摩擦円でいえばコレが正解です。


■フロント荷重
フロント荷重っていうものアヤシイ話で、フルブレーキングが出来ていればもう前荷重になっているはずです。ブレーキングにタイヤの力をフルに使っていれば、そこからコーナリングをするためには、「ブレーキを抜く」方向の操作しかできません。

ブレーキを残したことで曲がりやすいと思った経験がある人は、まずフルブレーキングが出来ていないんじゃないですかね。


■クルマの安定度
クルマ全体の挙動で考えても、コーナリングとブレーキングを同時にするというのはとっても不安定な状況です。

ブレーキを残すというのはわざとその不安定な状況を作って曲げるというテクニックらしいので、コーナリングの成功率は下がりますよね。それを毎回成功させられるからプロなわけで、普通の人がチャレンジするにはハイリスクでしょう。

そもそもクルマが不安定だと高い速度でコーナーに入っていけないから、それだけでも遅いと思うんですけど。


■実はただの旋回制動
あとはただ単に旋回制動をしていることを「ブレーキを残す」と言っているような気もします。

レースをやってる人なら、人よりもいかに遅くブレーキを踏むかはとっても大切。その遅く踏んだブレーキの帳尻を合わせるのが旋回制動なんですよ。腕の差が出るところでもあるので、強調して説明する人もいるでしょう。そこを真に受けると「ブレーキを残すのが速い」みたいな話になっちゃうんじゃないかな。

ここでのブレーキを残す=「減速」です。荷重のコントロールがメインじゃありません。レイトブレーキングが前提の話なので、もちろんハイリスクです。

速度と荷重の両方のコントロールをしてるのに「ブレーキを残す」だけで片付けちゃうのはあまりにも雑な話だとオレは思います。


■フロント荷重にしないでアンダーは出ないか?
コーナリングの失敗は、ほとんどがオーバースピード。その次がステアリングの切り遅れ&雑なステアインによるスリップアングルのつきすぎ。速度とターンインのポイントを誤った自分の判断を反省しましょう。


■まとめ
いやいや素晴らしいまでの見事な都市伝説っぷりじゃないですか。あんまりホントのこと過ぎてコメントが少なそうですが(笑)。

好き勝手に書いておりますが、ドライビングスタイルは千差万別で、例えば2006年のF1でミハエル・シューマッハとフェルナンドアロンソが全く違う乗り方をしていたように、唯一無二の正解はありません。

そのアロンソは、タイヤがブリヂストンになったマクラーレンでは、ミシュランだったルノーとは全く違うドライビングをしてました。どっちもこの目で観たから間違いありません。

クルマによってドライビングが違うのは当然だし、タイヤやセッティングによってもドライビングは変えるべきものです。


クラゴン部屋で指南しているドライビングは、クラゴン自身が過去4年間で5回ニュルブルクリンクに挑戦し、そのレースではじめて乗るマシンで大雨でも夜でも一度もクラッシュせずに、クラス準優勝を獲得したドライビングです。

今がベストだとは全く思いませんが、ローリスク+ハイリターンなドライビングは、けっこう得意な方だと思いますぜ。

ブレーキを残す、なんてやってたらニュルなら4キロ地点でアウト。1周なんて無理ですよ。そのへんまで含めて、自分に必要なドライビングを考えてもらうといいんじゃないですかね。

「ブレーキを残す」だとか「バランススロットル」だとか、安易な小手先のテクニックひとつに頼ったところで、本質から遠ざかるばかり。そういう意味では「ブレーキを残すってホントのところどうなんですか」という弟子が増えてきたのはとってもウレシイことです。

ブレーキを抜いて曲がるあの感じを体感してもらえば、一発で迷いがなくなることでしょう。

こればっかりはクラゴン部屋に来ないとわかんないけどね。


第7話 データロガーの都市伝説 前編

ひさしぶりに都市伝説いきまっか。

今回はデータロガーの話をひとつ。いろいろあるのでわかりやすいようにドリフトBOXみたいなGPS式で速度やGをメインにチェックするのにしましょう。アクセル、ブレーキ、ステアリング舵角のセンサーなんかつけると一気に値段が上がって一般的ではないので。

昔は目ん玉飛び出る値段だったのが、今はパフォーマンスBOXは6万円くらいでしたっけ。手の届く値段になり、実際にクラゴン部屋の弟子にも導入している人は何人もいます。オレもそのうち導入して稽古に使ってもいいし、ドイツにアレしに行くときにあのコースでアレしても楽しいなと妄想はふくらむばかりですよ。

それはいいんだけど、ロガーのデータには「見方」というものがあります。

というのも、某レースでデータロガーを使ってガッツリとやってみたことがあるんですよ。もうけっこう前です。で、そのときには効果的に使えなかったんです。

何が良くなかったかと言うとその「見方」です。ちゃんと分析できる人がいなくて、結局はタイムが出なかったときのダメだったドライビングとかセッティングの犯人探しに終始した結果、全く建設的な方向に行かなくなっちまったんです。その後は1回か2回使ったところで壊れて、それから一度も見ていません(笑)。

もう昔の話で具体的にはもう覚えてないんだけど、データをとるだけではイカン! というのは今でも勉強になっております。


そこで、みなさんがやりがちな間違いを挙げておきましょう。

・他の人と比べる。
・違う日と比べる。
・速度をマネする。

おお、せっかくデータロガーを買っても比べられることがなくなってしまった(笑)。

他の人と比べるっていうのは、結局は違うクルマとの比較なので違って当然。だからやっても悩むだけです。

違う日も同じ。違う路面状況だからデータも違って当然。そもそもデータを集めるコンディションが違うから、比較してもあまり意味はないでしょう。明らかにコースコンディションが悪いのにコーナリング速度が上がってるとかだったらいいかもしれないけどね。

それにしても路面がどれだけ悪いかで伸びシロの判断が変わっちゃうわけで、例えばセッティングを換えたとしたら、方向性は見えても適切な量かどうかはわかりません。

市販車の開発だって速度が違えばもうデータとして役に立たないと聞きますし、クルマっていうのはみなさんが思っているよりも環境に左右されるもんだと思ってください。

というのがデータ収集の前提条件の話。レースの現場でデータロガーを使うところが多いのは、テストを重ねて、季節やコンディションによってターゲットになるタイムがわかっていて、その日によって修正値が大まかにでもわかるから。

いや、一番の理由はドライバーがウソをつくからだったりして(笑)。

いろんなデータを集めて比べてみるのは楽しいから、それくらいの軽いノリだったらいいと思います。でも本気で比較してどこが違うかって話になると超シビアなんですよ。

後編に続きます。

 

第8話 データロガーの都市伝説 後編 

さて夏場所の準備で時間がぜんぜんないけど後編に行きましょう。

そして最後のケースは同じクルマで違うドライバーの比較をする場合でしょう。プロに乗ってもらったのと自分のを比べてショックを受ける(笑)、なんて素晴らしい経験をされた方も多いんじゃないかと思います。

自分がヘタだってわかるのは素晴らしい経験じゃないですか。

そこで頼りにしたくなるのがデータロガーなんだけど、これが一番危ないです。

例えばあるコーナーにオレが100キロで入ってて、弟子が90キロで入っていたとしましょう。

「じゃあ100キロで入ればタイム出せるんですよね!!」と考えてはいけません。なぜなら、その速度で進入してコーナリングを完成させるために必要なコントロールは、ロガーには全く出ないもんだからですよ。

そもそもみんな大好きな荷重だってわからないんだから。フロント荷重だフロント荷重だと言いながら、荷重が見えないロガーがありがたいってのはそりゃ違うべ。

あとオレの場合はベストが98キロくらいのところを、100キロでばひょーんと走っていることが結構あるので、速度だけマネしたらブッ飛んできます。しかもホントは100キロで失敗のときにも、失敗だと見えないように乗っちゃうからまたタチが悪い(笑)。

そんなロガーのデータでも、グラフと数字で出るもんだから、それだけで信用したくなっちゃうんですよ。自分の不確かな体感よりも目で見えるものを信用したくなるのは、しょうがないといえばしょうがないんです。

テストの点数だってそうでしょ。すんごく難しい問題を1問解けるほうがすごいときにも、評価されるのは合計の点数だし。

個々の資質を全く無視して評価できてしまう。それくらい数字という「記号」には力があるわけです。

身体で乗るクルマに乗ってて記号にとらわれるなんて実はさみしい話で、それだったらゲームと同じだし、だいたいそんなことではスポーツドライビングにはならないのですよ。オレがコースの目印を作るのが嫌いなのはコレです。

ハッキリ言って、コース脇で観てればロガーでわかることの3倍くらいはわかりますんで。

ただ、ロガーが全く役に立たないかというとそんなことはないんだな。

それはコースのとらえ方だったり、単純なフルブレーキングのときの速度の落ち=ブレーキングスキルだったり、ロガーで記号化されることで無意識の領域に気付くということはあります。そして実際に上達している弟子もいます。クルマに関して車載カメラよりも多くのデータが入ってるわけだからね。

だから結局はそのロガーデータを見たときにどう判断するかが大切。自分だけで納得するんじゃなくて、わかる人に見てもらうことです。

いくらデータ上のグラフを合わせようとしたところで、ドライビングを人間の操作の領域に取り込んで解析しなければ本来の効果を発揮しません。隣に乗ってわかんないことがロガーのグラフを見てわかるなんて、ドライビングがそんなに甘いわけないじゃないですか。ふふふのふ。

データロガーは有効な機械だから上手く使いましょう、ただし万能ではありませんってことで。

クラゴン部屋に来てくれれば、昼休みとか走行後とか時間のあるときだったら無料で見て差し上げますぜ。

そんな状況ですから、一発クラゴン部屋で導入して「ロガーの正しい見方」なんて話をしてもいいかなとは思ってるんですけどね。


第9話 7分27秒の都市伝説

ニュル第2弾を目前にひさしぶりの都市伝説にいきませう。

ちょうど去年のニュル展のときだったかな。R35GT−Rをポルシェが買ってテストしたら、タイムがぜんぜん出なかったという話がありました。それに対して日産が公式に反論したとかしないとか、なかなか楽しそうな展開になってましたっけ(笑)。

R35GT−Rのタイムが本当かどうかはわからないし、検証のしようもありません。レギュレーションの決まったレースではなく、プライべートテストだからね。ホントかもしれないし、チョンボがあったのかもしれない。それはわかりません。

オレがこれまでに乗ったニュル最速車のBMWM3は、オールドコースだけで計測してだいたい8分10秒。ちょっとプッシュすれば軽く8分は切るし、乗り慣れれば7分45秒か40秒くらいは出るでしょう。軽油プレイで2周しかしてないから(笑)、キロ1秒ゲインすると思えばだいたいこんなもんかな。

なんだそんなもんかと思っちゃいけません。

レースのときはグランプリコースの2分弱をプラスして9分40秒。このタイムは、2009年のニュル24hレースでSP6クラス2位のM3の決勝ラップより速いくらいなのですよ。

市販車でレースカーのBMWM3より速いようなバケモンは、都市伝説も同然です。

8分だって7分50秒だって40秒だって30秒だって同じ。そんなクルマのパフォーマンスをどうやって引き出すんですか。そのレベルで2秒上がったとか3秒上がったなんていわれても、知ったこっちゃないって。

それにコース全長が長ければコースコンディションによってタイムに差がでるわけで、コンディションの違う日に速いだ遅いだなんて素人じゃあるまいし。タイムってのはそういうもんです。

ニュルブルクリンクのタイムを筑波のタイムと混同しては、そのクルマの本当の価値を見失ってしまうことでしょう。

でもオレとしては最速対決はぜひ続けて欲しいと思っています。ニュルで最速っていうんなら、テストドライバーの1人や2人や3人は殺す覚悟はあるんだろうし、そこまで気合いを入れてクルマを作ってくれたら嬉しいな。

オレなんかニュルでまだタイムアタックできませんよ。そんなことしたら死んじゃうって。みんなニュルのヤバさを甘く見てるよね。


GT−Rの本当の速さを証明するには、四の五の言わずにニュル24hレースに出ること。今年アウディがR8でマンタイポルシェに真っ向勝負を挑んだように、同コンディション、同レギュレーションで雌雄を決するほかありません。

これなら誰だってイチャモンつけらんないんだから。

というのも、オレが向こうでよく聞かれるんですよ。「ニッサンはなんでGT−Rを出さないんだ」って。「○○○だから」って答えてやると向こうのヤツもニヤッとして笑えるんだけどさ。

向こうで速さを認められることの難しさは、オレはたぶん人よりは知ってるんじゃないかと思います。だからこそ、逃げも隠れもせずに正面切って勝負に出て欲しいと思っています。それで全力を尽くして負けたら素晴らしく見事なオトコっぷりじゃないですか。もうキンタマついてるかどうかっていうレベルの話だな(笑)。

でもポルシェはキンタマついてるかどうかって話をしてるんじゃないの?

オレは日産のオトコっぷりを見たい!!


第10話 ABSの都市伝説

さて都市伝説行きますか。

今回はABSについて。

今はもうABSナシの日本車はないのかな。それくらい普及してるABSですが、実際のところを知らない人もいると困るのでやっときましょう。ブレーキ関連は安全にかかわることだから。


■ABSが効いて制動距離が延びる???

基本的に間違い。雪道では断続的にロックさせたほうがいいという話も聞きますが真偽は不明。でも断続的なコントロールができなければ真っ直ぐ刺さるだけだし、そんなコントロールができる人は1%未満でしょうから、実際にABSを切って制動距離を短くできる人はほとんどいないでしょう。

BMWのABSは間違いなくオレより上手いです(笑)。


■ではなぜABSを切りたがるヤツがいるのか

それは「止まらない!」と思った瞬間に勝手に(でも正しく)作動してるのがABSだからですよ。都合の悪いときは自分以外のせいにしたいのが人間ってもんです。

ではABSをカットしたらどうなるか。タイヤロックしてキントウンになるだけ。「ABSが効かなかったら止まれたのに」というのは完全な妄想です。その意味では悪いのはABSではなく、その制動距離で止まれると判断した運転手のアタマでしょう。

ABSをカットしたがるドライバーや外しちゃうショップは、そういうレベルだと思っていいんじゃないですかね。クルマの勉強が足りん!!


■ABSが効く直前がイイ???

ベストのブレーキングはABSが効く直前だという記事を拝見しますが、なんでですかね。

別に効かせてもいいと思います。車両価格にABS代も入ってるんだからもったいない(笑)。でもすべてのコーナーでABSがバリバリに効くブレーキングをしてたら、ブレーキが持たない車種もあるかと思いますので、そこはマイカーと相談してください。

大切なのはABSが効く=ブレーキの限界という認識です。


■ABSの効能

んなわけで、みなさんABSを外すなんて自殺行為は絶対にしないで、思いっきり頼りましょう。

ABSがダメなんてのは出始めのだけだから。ここ10年くらいのABSなら確実に人間より優秀です。

例えば練習のためにヒューズを抜いてカットしてみるのも無意味です。そんなことしてるヒマがあったら、ブレーキの踏み方でABSの効きがどう変化するかでも練習してください。

ABSはご存じの通り4輪別々に最適な制御をしてくれるわけでして、人間の足ひとつ、ペダルひとつでそんなことができるわけないんですよ。この一点のみにおいてもABSの有効性は明らかです。しかもブレーキロック一発でタイヤが終了というリスクも避けられます。

F1だってGTだってABS禁止になってるのはそれだけ有効だからってことです。

ニュルで乗ったレースカーは、標準でついてるのは全部ABSを使ってたし、疑いの余地はありません。それでリスクが下がるぶんタイムを稼ぐ。これがABSの本当の効能です。