都市伝説 第11〜15話

第11話  オーバーテイクの都市伝説


■一発のオーバーテイクは無理

「ブレーキングで仕留めたとか」「インにクルマをネジ込んだとか」カッコイイ話は多いけど、実はその多くが都市伝説です。

それはなぜかというと、オーバーテイクする前の段階っちゅーのがあるんです。ほとんどのケースで。だからブレーキング一発だけでオーバーテイクするのは絶対に無理とはいいませんが、大きなリスクを伴います。

F1だってほとんどスリップストリームを使って並んでからブレーキング勝負でしょ。だからオーバーテイクの前に「まずイン側に並びかけるにはどうすればいいか」を考えなきゃいけません。

だから相手のミスに付け込んでごっつあん、なんてかなり効率いいんですよ。相手のミスはいつ起こるかわかんないのが難しいところですが、積極的にミスしやすくしてあげたりとか(笑)。これは裏のレーシングテクニックだな。


■「インを閉められた」のは自分のせい

一発のオーバーテイクは危ないってのを踏まえて、みなさんに身近な話にしましょう。

走行会や草レースで不幸にも接触してしまったとき、「アイツがインを閉めて来てぶつかったorぶつかりそうになった」という人はけっこういるでしょう。そういう人はだいたい、図の上半分のようにインに入りきってない状態です。

この場合に悪いのは仕掛けたイン側の人。

なぜかというと「インを閉められた」というのは、あくまでも本人にとってすご〜く都合のいい感想だから。だって翻訳すると、「相手が自分に気付かなくて、レコードラインを外してくれなかった」ってことでしょ。

自分は好き勝手にインに割り込もうとしてるのに、相手は好きなところを走っちゃいけないなんてそんなアホな(笑)。

アウト側の人がミラーを見てなかったとか、まだインに入られてないと思ってインを閉めてきたとしても、悪いのは中途半端に仕掛けたイン側の人です。


そんなわけで、クラゴン部屋では「相手に避けてもらわなきゃいけないオーバーテイクは禁止」ということにしてます。だってそんな自分勝手はダメでしょ。みんな同じ料金でサーキット走ってるんだから。

みんな楽しむためにやってる草レースなら、どんなケースで誰が悪いとしても、接触したら楽しくないじゃん。だから相手が避けてくれなきゃダメなオーバーテイクは絶対にダメ。相手が悪いと思っていた人はこの機会に考え直してください。


ではどうすればいいかというと、図の下半分が正解。

コーナーにターンインする手前でもう前に出ていれば、アウト側の人がどう思ってもハンドルを切ることはできません。これならミラーを見てない人でも車両感覚のない人でも、インに切り込んでくることはないでしょう。相手に気付いてもらえればお互いにリスクが減るし。

反対にこの位置関係にできなければ、無事なら相手が譲ってくれたおかげだと思いましょう。

でもブレーキング一発だけじゃこうはならないんだよね。だからその前段階が大切なんですよ。

長いので続きます。



第12話 続・オーバーテイクの都市伝説


ゲリラ戦のアオリを食ってなくなった(笑)、オーバーテイクの都市伝説第2弾です。ひさしぶりに問題ありそうなヤツ行きますか〜。


第1弾はぶつけたとかぶつけられたとか言うよりも、まずアタックしていい状況かどうかを考えましょうという話…だったような気がするんですが、どうだったでしょうか。

不幸にも接触をされたことがあるみなさんは、たぶんそのときは図の上半分の「×」の状況が多いのではないかと思います。

インの人は「自分がイン側だから優先」、アウトの人は「自分が先行してるから優先」、でお互いに譲らず接触。どっちが悪いとかじゃなくて、そういうことが起きやすい位置取りなんだと思ってください。

下半分の「○」の状況なら、イン側の人が先行してるからアウトの人も気付くし、優先順位もわかりやすいでしょう。だから、抜くときも抜かれるときも「×」の状況をできるだけ作らない、できるだけ中途半端な位置取りでコーナーに入らないこと。クラゴン部屋の説明では「相手が避けてくれないと接触するアタックはぜんぶアウト」ということにしております。


それがね、実際のレースとなるとこうはかないんだ(笑)。

何年か前の24時間レースで、まさに「×」の状況で仕掛けて、接触したことがあるんですよ。たぶんこのあともう5年くらいはバトル中の接触はしてないと思います。

相手は当時メーカーのワークスドライバー。24時間のときだけの助っ人だったんでしょう。そんなのこっちには何の関係もありませんが。同じクラス、同じ周回数、こっちのほうがペースが速い。となったら、やるしかないでしょう。オレみたいなメーカー枠に入り損ねたドライバーにとっちゃ、是が非でもブッ〇してやらにゃいけない相手です。ただのヤツアタリですが。

スキだらけのヘアピンで遠慮なくアタックしました。

完全にインには入ってたんだけど、向こうは見てなかったみたいで接触! こちらはちょっと姿勢を乱したくらいで何ともありませんでしたが、相手は見事にスピンしてサンドトラップにブッ飛んでいってしまいましたとさ。


結論としてはオレのアタックは失敗。

完走第一の24時間レースでどんな理由でも接触してしまったから。大丈夫だったから良かったけど、これでリタイヤになった可能性もあったわけで、そこまでリスクを冒す必要はどこにもありませんでした。まあ、裏技でアレをアレして大丈夫にする技をちゃんと使ってはいたけど、それでも100%安全ではありません。

まさに「×」の位置取りだからダメだったわけです。偉そうに言ってるだけじゃなくて、オレのハズカシイ実体験を元にした指南です。

視点を変えて、じゃあ誰が一番損したかって考えると、それはオレじゃなくてブッ飛んでいってしまった人なんですよ。だからレースで考えると、オレに抜かれてもいいからサンドトラップに入らない方が得。ワークスドライバー様だろうがなんだろーが、クラゴンにおとなしく抜かれるということも、長い目で見れば得になることもあります。

少なくともS耐をレギュラーでやってる人だったら、オレのぶんを残してくれてたと思うし。

やっぱり長くなったので参に続きます。


 

第13話 終・オーバーテイクの都市伝説


SUGO幕内稽古をはさんでちょっと間が空いてしまいました。続きいきましょう。

もう都市伝説でも何でもありませんが、信じるかどうかはあなた次第ですから(笑)、あまり気にせずにどうぞ。


続きが何かというと、そのドライバーがこっちのピットに怒鳴りこんで来たんですよ。

遅いペースにイン側ガラ空きなのは遠くの棚にほうり上げて、向こうは普通に走ってるところをぶつけられたと思ってるわけです。

オレはというと平謝り。なぜかってこっちが頭を下げなきゃおさまりません。どう考えてもひどいめに遭ったのは向こうですから(笑)。

そこでインを開けときゃいいんだよと言い返してもしょうがないし、レース中の勝負はするけど、終わってからケンカしたって意味はないし。またサーキットで会うこともあるだろうし、レースなんて危ないことをするからこそ、遺恨は残したくないものです。

それに、もうコース上で勝負はついているのですよ。

ピットに怒鳴りこもうが相手が悪いと言おうが、もうオレの勝利で終わったことです。あとで文句を言うなんて徹底的にムダの上に、負けを認めただけ。悔しくて文句言うヒマがあるんだったら、オレに追いつかれないように速く走る方法を考えたほうがいいです。

そもそも立場としてクラゴン以下のパフォーマンスってそりゃーマズイべさ。

オレはあとで何を言われてもいいから、コース上では徹底的に損をしないようにしています。相手がどうだろうが損をするのは自分。接触が多いと評価がつくのが自分なら、レースを失うのも、チャンピオンを逃すのも自分です。だからどんな状況でも自分のリスクとして、自分自身で避けるようにしています。

レースなんだから、「アイツはひでー」「人じゃねー」はほめ言葉。相手にしたら嫌なヤツは、裏を返せば強力な味方です。

一方で、やっぱりレースだから接触覚悟でいかなきゃいけないこともあります。

この接触に関しては、上手く抜けなかったことは失敗でしたが、仕掛けたことが失敗だったとは思いません。相手が誰でも遠慮することは今までもこれからも一切ないし、接触して相手がブッ飛んでいってしまっても、それもレースのうちです。

今だったらもっと早く、上手くオーバーテイクしてやるけどね。いやあのころはヘタクソでした。

インを閉めて順位を守ろうとすれば、ブッ飛ばされるリスクが発生する。どちらを取るかはその人次第。それだけのことですがね。抜かれるのもブッ飛ばされるのも嫌なら、オレより速く走ってもらうしかないでしょう。

向こうもスティントの直後だから気も立ってたんでしょう。レース後の表彰台ではちゃんと握手をしてくれました。まあそこはアタマが冷えればお互い様ってヤツで。親近感があるぶん、今では応援してるドライバーです。

「クラゴンにケンカ売るとはあのヤロー〇〇〇会に呼び出すか」とかいう話もあってさ(笑)。もちろん身内で通じる冗談なんだけど、つまり間接的にはそれくらいのご縁があるってことで。世間は狭いねェ。

いや〜ワークスドライバー様に追いついて撃墜したあげく、わざわざピットまでお越しいただいて本気で文句を言われるなんて、もうネタとしてこれ以上のものはなかなかないでしょう(笑)。

レースの勝ち負けってこういうもんです。お互いに自分の都合最優先でやってりゃ、たまには当たることもあります。それだけどっちも本気でやってるからレースは面白いんですよ。

だからこそ順位の関係ない走行会では、安全に対する意識を高めないといけないと思うし、危険なところに近寄らないという判断も必要だと思っています。クラゴン部屋で安易にレース形式を採用しないのは、レースのリスクの高さを知っているからでもあります。


第14話 インチアップの都市伝説 前編


この「インチアップの都市伝説」はクラゴン部屋での弟子の質問に端を発した「都市伝説」誕生の元ネタでもあります。

ホイール交換と同時にインチアップしている人も多いでしょう。カッコいいと思うならそれでどうぞご自由になんですが、ドライビング的には全損し放題になる可能性が大だというお話です。



■インチアップするとタイヤはより長方形のスクエアな断面形状になる傾向にある。これはタイヤの大きな仕事である「荷重をささえる」という意味では不利なはず。トンネルの天井がラウンドしているのも(たまにしてないところもあるけど)、潜水艦が円筒形なのも、圧力に耐える必要があるから。だからスクエアなタイヤほど不利な形状をカバーするために、内部構造の剛性そのものを上げる必要がある(と思う)。

同じタイヤでも、15インチと18インチならタイヤの形状は全く違う。全く同じカーカスやベルト(どっちも内部構造ね)を使えるとは考えにくい(たぶん)。剛性を上げているとすればバネ下重量も上がる。これは明確なデメリットだ。そもそもインチアップではなくタイヤの構造の差を、インチアップのメリットだと勘違いしてはいないだろうか。だからインチ数だけをピックアップして単純にどちらがいいかというよりも、別タイヤとして比較する必要があるのかもしれない。

とはいえ多くの人は性能ではなく「インチアップの商品性」に金を出しているのだろう。


■インチアップをするとCP(≒初期反応)が良くなる代わりに、グリップの「抜け」が起こる傾向がある。これは構造が違うという部分も含めて、弟子のみなさんのクルマに乗らせていただいた実体験として。CPの高さを上手く使えればタイムが上がるともいえるが、普通の人にとっては限界付近の特性が「トンガッている」とも言える。

実際、2010年にホンダがスーパーGTで使ったHSV−010GTは、フロント330/40R18に対してリア330/45R17で、コーナリングとトラクションの両方の負荷がかかるリアには、ハイトの高いものを使っている。ちなみに330幅に対しての扁平率45なので、サイドウオールの高さ自体は「17インチ」「扁平率45」から想像する以上に高い。HSVの写真がないので、同じGTのGT−R(2008オートサロンで撮影)のリアタイヤにご注目ください。ホラ、ハイト高いでしょ? ぜんぜんペラペラじゃないでしょ? 

プロの乗るダウンフォースバリバリのレーシングカーでさえ、というよりはだからこそ、これだけのハイト=キャパシティが必要だということに注目してほしい。

レーシングカーは性能最優先だからウソつきません。これが性能に対する答え。以上。

そして弟子のみなさんなら、このキャパシティはそのまま限界付近のコントロールのしやすさに直結します。

長いので後編に続きます。


第15話 ABSの都市伝説

インチアップの都市伝説、後編です。

まーアレですな。あまり結論を求めすぎずに、頭の体操だと思って読んでみてください。結論が出てれば都市伝説じゃありませんので。

F1だって実走テストをする必要があるわけで、タイヤに限らずクルマに関しては100%確実なものはありません。100%確実だったら、自動車メーカーのテストもテストドライバーもなしで、設計図だけでクルマを作れます。みなさん御存じのニュルのテストもいらんっちゅー話ですから。

では行きましょう。


■そもそもインチアップは、ホイールの内側に大容量のブレーキローターとキャリパーを収められるようにして、ブレーキのキャパシティを上げるところに最大のメリットがある。GTカーなど完全にレースカーとしてイチから作られたマシンには、ホイールギリギリの大きいブレーキが入っていものがほとんどなので、機会があったら観察してほしい。

■そこでクラゴン部屋で推奨しているのがインチダウン。インチアップしている人に対してのインチダウンなので純正サイズ化といってもいいかもしれない。性能を考えれば質、量ともに最もテストされているのは間違いなく純正サイズ。操縦性という面でもメーカー純正サイズは考えて作られているはず。タイムは知らないがドライビング鍛練という面では基準にしていいと思う。それに何より安い!! タイヤ代が安ければそれだけでいっぱい走れるわけで、上達に貢献するのは間違いない。

インチアップして値段が高いから激安タイヤ、なんてのは全損確実。無理してインチアップするんだったら、純正ホイールのままでタイヤにお金をかけてほしい。激安タイヤは雨の日にもっと高い板金代に化けるぞ〜。

特例として、純正サイズの最少グレードにインチダウンするという作戦もある。注意点はいろいろあるので詳しくはクラゴン部屋で。これは完全にセットアップの領域なので、良し悪しはやってみなければわからない部分もある。同じインテRでも98SPECには96SPECの15インチホイールはつかないし。上手く合えば少なくともタイヤ代はかなり安くなるはずだ。

■クラゴンのマイカーは全車純正ホイールかつインテR以外は標準タイヤサイズ。インテRは16インチ(215がなくて幅だけ205)、BMWも16インチ(15インチグレードもあるからダウンしたい)、ロードスターに至っては純正ホイールの14インチ。

185/60R14って1本約1万円ですよ。フラットスポット作ってもシャレで済むし練習用としても全く問題なし。シャレで済むから思い切って練習できる。クラゴン部屋のサーキットのために其之弐inもてぎにお越しになった弟子のみなさんは、プロの練習の激しさをご存じのことでしょう。1本5万円だったらあれは無理(笑)。

タイヤはどうせ走れば減るものだから、許容範囲の中でできるだけ安くなるようにして思いっきり走りたい。バリッと走って減ったら換える。これでOK。

14インチの高いハイトは、乗り心地はいいし滑る直前の粘りは出るし、軽いからみんな大好きバネ下重量も軽い。ロードスターが14インチなのは15インチもテストした結果です。15インチでも悪くはないけどね。しかも純正ホイールなら強度も最強。

インチアップしたほうがカッコがいいとか、セットアップ的に有利だとか、明確な理由があればもちろんOKでしょう。ただ「ホイール換えるついでにせっかくだからインチアップ」とか、漠然と「インチアップした方がいいんでしょ」と思っている人には、ちょっと考えてほしいなということで。なぜってタイヤはセットアップの最も根本的なところだから。

ホイールのインチアップのつもりが、つまるところタイヤの話になってしまうのですよ。

■そしてインチアップの最も面白いところは、タイヤ関連の書籍を見ると2000年以降に出版されたものでも「扁平率65・60が高性能タイヤ」とされているところなんですよ。だからもちろん45・40・35のデータはありません。いつの時代の話だ(笑)。正確なところはオープンにされないまま、なんとなくインチアップが高性能な気がすることになっている。これぞまさしく都市伝説でしょう。

正直言ってオレも本当のところを知りたいくらい。こんなことを考える余地が残されているのも、クルマの楽しさのうちなのかもしれません。