電子装備を斬る!

今回のコラムはちょっと趣向を変えて、DBW(ドライブ・バイ・ワイヤ)の現状と将来について、トレーシースポーツの伊藤エンジニアに聞いてみました。メーカーのエンジニアには語れないDBWのメリットとデメリットを、クラゴンと伊藤エンジニアのNSXコンビが斬る!
クラゴン 「現行S2000の2.2リッター化と同時に、DBWにスポットが当たるようになってきたわけですが、実はトレーシースポーツのNSX(NA2)ではすでにDBW化されたモデルなんですよね。そのDBWについて、実際にレースで使ったドライバーとエンジニアで好き勝手な意見を言ってみようという趣旨なんですけど(笑)、レースエンジニアから見たDBWは一体どういうものですか?」
伊藤 「DBWというと「ワイヤーなし」が強調されがちやけど、ファーストアイドルアップバルブがいらなかったり、吸気系の部品点数が少なくなってスッキリするから、見た目はいい。それにもしシステムのどこかに異常が出たとしても、異常を感知してスロットル開度を制御するから、何かあったときにエンジンのダメージを少なくおさえられます。」
クラゴン 「じゃあ、ただのスロットル制御機構というわけではなく、エンジンの保護回路みたいに使えるわけですね。では走りについては?」
伊藤 「走りの面から見ればトラクションコントロールに最も効果があるでしょう。ちょっと前のトラコンは点火カットだったから、リニアな制御やなかったね。」
クラゴン 「効いた瞬間にガクーンとパワーがなくなって、サーキットではオカマ掘られるかと思いますよね。」
伊藤 「それがDBWで制御できるようになれば、プロのドライバーがコントロールするようにスロットル開度で自然な介入になる。」
クラゴン 「僕が乗った中ではアウディなんかそういう制御でした。たぶん気にしない人だったら制御が入ってるのがわかんないですよ。」
伊藤 「そういう安全第一のクルマだったらクラゴンの言う制御で正解やね。だけど、チューニングの話になるとちょっと違う。アクセルセンサーが開度を感知する、コンピューターにデーターが入る、その過程でイロイロあるもんで、チューニングを考えるとあんまり向かないかな。NSXのDBWは古いから、最新のDBWだったらかなり良くなってると思う。」
クラゴン 「トラコンに関連して、DBWのメリットで一番大きいのはスロットルの制御、それもトラコンのような大きな制御よりも、パワーカーブ(アクセル開度と実際のスロットル開度の比率を表すグラフ)を変えるような制御だと思うですけど、それはトレーシーのNSXで制御が入ってるなと実感するところはありますか? 僕自身は乗っててメリットを感じない代わりにデメリットも感じないというのが実感で、もしかしてDBWがなければトルクがドカーンと立ち上がって、乗れないくらいになっちゃうということはあるんですかね? ドライバーとしてNA2で気になるのはシフトアップでアクセルが戻らないくらいなんですけど(笑)。」
伊藤 「ドライバビリティについては、乗りにくいんだったら、点火時期や燃料制御でフィーリングを変えることは可能やけど、リクエストがあればやね。」
クラゴン 「じゃあ、DBWを使って制御するということはあんまり考えないと。」
伊藤 「サーキットの限界走行に限定するなら、ハッキリ言ってしまえば邪魔。」
クラゴン 「出来ればなくしたい?」
伊藤 「ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
クラゴン 「それは書けないですね〜(笑)。」
伊藤 「十勝からはDBWをなくす方向なんやけど(鈴鹿のレース後にDBWなしのNA1用スロットル仕様認可を取得済)、DBWを活かすんやったら問題はコンピュータ。コンピュータがないのがツライとこやね。」
クラゴン 「DBWまで制御してくれるコンピュータがない。」
伊藤 「○ー○○○だったらスロットルモードまで制御してくれるコンピュータがあるんやけど、膨大なデータを入力してはじめてリアクトモーターが動いてくれるんで、そこまで手間をかけるほど需要がない。Zやポルシェはあるのに。」
クラゴン 「じゃあ、今までみたいにコンピュータ本体やサブコンをポンと付け替えたりするわけにはいかないんですね。」
伊藤 「ノーマルコンピュータを上手く騙す必要があるね。だからレーシングカーとしてもそうだけど、チューニングカーの素材として難しいところはある。」
クラゴン 「NSXのアクセルが戻らないことについてちょっと聞きたいんですけど(2005年十勝、2006年仙台ハイランドで乗ったNSXは、早いシフトアップをすると回転が落ちず、早いタイミングでクラッチを切ってしまったように回転が上がる症状があった。特に問題はなかったけどシフトアップがヘタに見えるからダメ)、なんでそういう制御になってるんですかね? これは推測ですが、ピッチングに弱いNSXだけに、高速での緊急回避とかを考えて、スパン!とアクセルを戻してもエンジンブレーキがドカンと効かないようにして、スタビリティを上げてるのかとも思うんですけど。」
伊藤 「あれはねー、急激な回転変化に対してストールしないようにっていう制御なのかもしれないし、クラゴンが言うようにスタビリティ確保のためかもしれない。ただ、レーシングカーの場合は、スロットルの通りにアクセル全閉にしてもらわんとエンブレが効かないし、危ないやろ。」
クラゴン 「確かに十勝ではじめて乗ってピットロードを走ってるときに、エンブレ効かねー!と思った記憶もあります。」
伊藤 「これはNSXの場合やけど、ストレートを全開でバ〜っと走って、1コーナーでアクセルを戻したときに、データロガー見るとアクセルが30%も開いてる。」
クラゴン 「30%ってけっこう開いてますよね。」
伊藤 「高速の巡航でも10〜15%やからね。しかも30%のところまでドンと下がって、それからジワ〜っと0%に向けて下がってくから、ダッシュポッド機能もあるかしれない。」
クラゴン 「脱出ぽっど?」
伊藤 「NSXくらいの排気量のエンジンだと、スロットル開度がポンとゼロになると、スロットルからエンジン内部が真空状態になって、そのままストンとエンジンがストールすることがある。そうならないようにダイヤフラムのところにジワ〜っとスロットルを戻す機構があって、それがダッシュポッド。そのダッシュポッド機能をDBWでやっているのかもしれない。でもそれだったら5%くらいがちょうどで、さすがに30%は開きすぎ。燃料を絞ったりして、30%そのままは加速しないようにしてるけど、やっぱり乗ったドバイバーは全員エンブレが効かないっていうコメントやね。造った方にもいろんな事情があったんやろうけど、緊急回避のアクセルオフで反応が悪いっていうのは、走らせる側の人間としては避けたい。」
クラゴン 「アクセルが戻んなかったのにもちゃんと理由があったんですね。じゃあ反対に、これから採用車種が増えるDBWを活かす方向のセッティングってありますかね?」
伊藤 「大きいのはエンジン制御機構としてやろね。エンジンが壊れる前にスロットル側で守ってくれるのは、エンジンを組んでるモンからしたら大きいメリットでしょう。」
クラゴン 「どちらかというと、普通の人が普通に乗って10万キロ安全に走るっていう制御が強いんですね。」
伊藤 「環境にも良いっていう話はあるね。ガソリンのアイドルアップしなくていいし。それに一般ドライバーがやりそうな低回転でモヘ〜っと全開加速するのもエンジンにはすごい厳しい。点火なんかもすっげー遅らさんとカリカリカリカリいうし、そういう無意味なスロットルをやめるだけでエンジンの寿命は変わるやろね。」
クラゴン 「もう一度性能の話に戻すと、昔ラジコンをやっていて(最近復活!)、高いアンプにはトルクカーブコントロールがついてたんですよ。それで、コーナー立ち上がりのアクセル開度50%のとき、実際の開度は30%にして、ストレートに出て100%にすると実際の開度も100%になるっていう制御があったんですよ。DBWのスポーツ走行で一番効果的な制御ってそういう方向だと思うし、NSXみたいな素人に乗れないシロモノ(笑)こそ、DBWを効果的に使って、ストレスなく性能を発揮させるようにしてほしいですよね」
伊藤 「素人さんだったら、NSXは4000回転あたりからそろ〜っと走ったほうがエエね(笑)。たぶんこれからのDBWの制御はクラゴンの言うような方向も増えていくと思うし、何よりF1で使ってるんシステムなんやから、ちゃんとしたシステムやったらスポーツ走行でも効果を発揮してくれるやろうね。要は使い方次第。」
クラゴン 「そーいえばDBWはF1からですもんねえ(当時は航空技術そのままにフライ・バイ・ワイヤと呼んでいた)。マクラーレン・ホンダは使ってましたっけ。」
伊藤 「せやからF1は離れた場所からコンピュータでファン!ファン!ファン!ファン!って暖気してるやん!」
クラゴン 「カッチョイ〜!」
伊藤 「DBWはいろんな意味でエンジン屋さんのためのシステムやね(笑)!」
クラゴン 「ABSなんかは出始めはまるでダメだったのが、今はS耐マシンは純正のABSを使うのが普通になってるじゃないですか(ちなみにGT選手権はABS禁止!)。そういう過去の事例を考えると、DBWはまだまだこれから良くなっていく可能性は大きいですよね」
伊藤 「可能性は大きいやろね。チューニング市場でも反応が良くて安いセンサーが出るようになるだろうし、スロットルモーターだけのシステムも市販されると思うから、そうなればABSみたいにレーシングカーでも使うようになるやろね。」
クラゴン 「よく考えればNA2のDBWは10年も前のだし、これでS2000に付いている最新のDBWの判断をするのは難しいかもしれないですね。」
伊藤 「走りのホンダやから、かなり仕上げてくれてることでしょう!」
クラゴン 「レース後のお忙しい所ありがとうございました。じゃあ運が良ければ十勝で(笑)」

このインタビューは5月23日S耐鈴鹿ラウンドの決勝終了後にお時間をいただきました。トレーシースポーツさん、伊藤さん、ご協力ありがとうございました!

協力:トレーシースポーツ



トレーシースポーツ 伊藤エンジニア 

トレーシースポーツでS耐に参戦しているS2000&NSXのエンジン製作、電装系担当のエンジニア。クラゴンの乗ったレースではエンジン本体はトラブル知らずでした。サーキットではデータロガーを解析し、ドライビングのダメ出しをする(こともある)。こう見えてクラゴンよりも年上で子持ち。ピットストップでは右フロント&リアタイヤ担当。